12月10日の夜、NHKのニュース9という番組で、公明党の支持団体という立場での創価学会の幹部と公明党の会談が行われたことが放映されたそうです。
すでに、様々に報じられているように、両者の関係は、説明するまでもないものかも知れません。
つまり、宗教教団が自身の宗教理念を顕現するために一政党を通してそれを具体化しようとし、また、一政党が集票のために一宗教教団との関係を重視するという構造は、分かりやすいものなのでしょう。
しかし、現行憲法が定めている「政教分離」の原則に対して抵触する可能性のある両者の関わりに関してなんらコメントもなく、当然の経緯であるかのように、放送されたとのことでした。
ですから、確かにこれまでになかったニュースであったようでした。
ある意味では、これまで政教分離といいながら、影に隠れて強く指示していた集団が、表に出てきたことを視聴者にはっきり知らせるものだったので、国民の反応はさまざまだろうと思います。
たとえば、与党自民党の党員及び政治家の立場ならば、創価学会の幹部やそれらとの公明党の人々の発言に関心を持つことでしょうが、一般視聴者、特に創価学会に批判的な立場の人にとっては、密室から姿を表したことで、「やっぱりそうだったのか」と衣の下の鎧が見えたように感じたことでしょう。
国民的政党といいながらも、やっぱり創価学会という宗教教団のお抱えの政党でしかないのだと分かって、一般大衆にとって、公明党に対して大きな違和感を持ったのではないでしょうか。
もしそう受け止められたのならば、公明党にとっては、マスコミに創価学会との会議の場を公開したことは、逆効果であったとも言えるのかも知れません。
もっとも、それだけ、公明党(創価学会)が与党組織から追い込まれているということなのでしょう。自民党から排除され、民主党の一部にとって変わられる恐怖から密室から出てきて、圧力をかけているのでしょう。
政教分離という原則があるにもかかわらず、多くの政治家を選出している公明党(創価学会)を監視するという意味では、このような形で実状を紹介するニュースは、政教分離を平素から意識する人々にとって意味があるように思います。
たしかに、過去の総評と社会党のように、また医師会と自民党のように、そして、農業団体と自民党のように、国民のことよりも自分たちのことを考える集団の行動を監視する意味では、それらの関係をすべてオープンにし白日のもとにさらすことが必要なことなのかもしれません。
人によっては、日本の国民は、想像以上に聡明で、判断力を持っていると考えている人もいると思います。
しかし、こと宗教に関わる問題に関しては、想像以上に意識は低く、粗く、大雑把なように思えます。
そこで、こうした報道が、政教分離の原則に対して、影響を与えると思われたので、NHKの姿勢を尋ねてみたのです。
(もちろん、まさかNHKが恣意的にこうしたことをしたとは思えませんが、今までのNHKの報道姿勢や政治的な動き、そして、今回の電話での対応のあり方を聞いていると、こうした問題に関して宗教的な意識や真摯で誠実な態度での応答は残念ながら、まったくみうけられませんでした)
今回のような報道をしながらも、それに対して、今までも、両者のつながりは放送してきたからといって、問題を回避する姿勢に驚きを感じました。そして、このような形で、報道は言論という形をとりながらも、直接的な暴力として機能しているのかという思いを感じました。
最後に、今回のような報道を通して、宗教教団は、その教えを広めることが考えられるという意味では、本願寺派も関係する国会議員や、報道関係者を集めて宗教的な表明の主張をするほどの社会的参加が大切なことかもしれないという主張がこれから出てくるかもしれません。
つまり、社会の歴史に対して主張すべきであるという視点です。言い換えれば、仏教による歴史観の形成ということです。
私は、これに関しては拙速をすべきではないと思います。どこまでも、仏教はそれに対して、批判することは忘れずに、しかも自らの分限に目ざめていくことが大切かと思います。
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万木洋二 (2002/01/01)
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